介護も仕事もおうちで楽しく

在宅介護約20年の暮らしとしごと

母が倒れたことで気づけたこと

在宅介護をすることは、割りと早い段階で決めましたが、母とそれほど仲良かった訳ではありませんでした。というか、むしろ、苦手でした。

戦前生まれの父母、その両親や兄弟姉妹は明治、大正生まれの人もいて、いつも背筋がぴんとして、あまり笑わない祖母や伯父、伯母もいました。子どもの頃、久しぶりに会う時は、挨拶をするだけでも何か厳しいことを言われるのではないかと緊張していたように思います。

そういう世代の人なので、母は一日中、一年中、家事に追われていました。今、考えると少しくらい手伝えばよかったのですが、全く手伝いをしませんでした。むしろ、ああいう風になりたくない、とも思って、あえてやらないようにしていました。

戦時中は、学生で、学校では、敵国の言葉を使ってはいけない、とのことで、教科書のカタカナで書かれている部分を墨で消して真っ黒にしたり、燃料にするための松脂を集めたり、バケツリレーの消火訓練、竹やりで相手を倒す練習?などをしたこともあったそうです。

勉強をするようにがみがみ言われたことは記憶にありませんが、私たちが普通に学校に行って、学校以外にも習い事をしたり出来ることがうらやましそうでした。だから、何かをやりたい、と言うと、背中を押してくれたり、自分の時間が持てるようになった時、そんなに予定を入れても大丈夫なの?というくらい、習い事をしたり、サークル活動をしたりしていたようです。

勉強出来る余裕があって、その環境にいられるということは、それ自体が幸せなことなんですね…。介護を始めたことで、それまで母が私たちのためにしてくれていたこと、その上でいろいろな経験をさせてもらっていた、ということに、ようやく気づくことが出来ました。あたり前だと思っていたこと、自分の権利ですらあるように思っていたことは、母や、家族、周りの人たちやその人たちが作ってくれた環境による賜物だということ、それらに感謝をしてもしたりないということに、介護を始めて気づきました。

 

 

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始まりは、突然の兄弟からの連絡…

突然やってきたその日のことは、兄弟からの電話で知りました。滅多に実家には帰らなかったし、わざわざ電話で近況を語るような仲でもなかったので、何年も会わず、会話もしていなかった兄弟からの日中かかってきた電話に胸騒ぎがしました。

「母が倒れた」と。「え、父ではなく?」

母は、ある親戚の集まりの時に、叔母たちと話をしていて「今、とても楽しい」と言っていました。確か、70歳を過ぎていたと思います。70歳くらいまではパートに行っていて、「年だから辞めさせられた…。若い人たちより私の方がよっぽどちゃんと仕事をしているのに…。」と、ぶつぶつ言っていました。

でも、いざパートを辞めたその後は、とても楽しかったようです。子どもの私たちの手から離れ、パートにも行けなくなった結果、自分の時間が持てるようになり、午前中はスポーツのサークル、午後は料理や手芸のサークル…と、興味のあることに次から次へと参加していました。

だから、電話の内容に耳を疑いました。

私が都会から駆けつけた時、母は既に開頭手術後でICUに入っていました。親族が集まっていて、一人か二人が入れ替わりで、様子を見に中に入れてもらいました。顔が3倍くらいに腫れていました…。

何とか危機を乗り越え、一般病棟に移ると、その日からリハビリが始まりました。そんなに早くからリハビリをすることなど知らなかったので、驚きました。むしろ、大丈夫なの?と思いました。しかし、そんな状況でも、少しでも回復するようにリハビリをしてくださる方や病院のスタッフの方々には頭が下がるばかりでした。

在宅介護をするにあたっては、割りと早いこの段階で決心をしていました。いろいろな人の言葉を参考にはしましたが、結局のところ、決心というより、目の前に誰かの手が必要な人がいるから、手を貸すことにした、くらいだったかもしれません。あとは、今までやったことがないことをやってみたい、という好奇心もあったようにも思います。

この頃、本当はした方がよかったことをしませんでした。そして、長い孤独なトンネルに入っていきました…。

 

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迷ったらどうする…?

人は、日常的に多くの決断を行っていて、小さな無意識の決断を含めると約35,000回とも言われています。人生を左右するような決断も少なからず経験をする訳ですが、私もこれまで人生の岐路は何度もありました。その都度、周囲の人に相談したり、意見を聞いたりしながら、決断してきました。

20代で迷っていた頃、上司に言われた言葉…「迷ったら進め!」というのは、今でもよく頭に浮かびます。日常生活のささいな事をする時も、この言葉には、よく後押しされてきました。たまに、後悔することは、試して失敗したことより、やらなかったこと、と聞くことがありますが、迷っても進むのは、悪くないような気がします。

同じ頃、職場の先輩に言われた言葉…「5年後、10年後の自分を思い浮かべて、自分が笑顔でいられる方を選べば?」というのは、少し大きな決断をする時に思い出します。

もちろん、介護をするにあたって、両方とも頭に浮かびました。が、どのように介護をするか、という決断をするにあたっては、全く想像が出来ない世界だったので、これらの言葉は決め手にはなりませんでした。

最終的には、当時の上司に言われた言葉…「(仕事ばかりしているから)2~3年、仕事以外に抱えていることに向き合ってみれば?」というのが、大きく影響したように思います。

いざ介護を始めてみると、ずっと外向きで足元を見ていなかった…ということに気づかされました。本当は、気づいていたけど見ないようにしていたことかもしれませんが。

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在宅介護と仕事の両立は無理なのか?

「自分を大切にした方がいいよ」と言ってくださった先輩方には、当時の私はかわいそうに見えたのでしょうか…。実家に帰って、いきなり在宅介護、しかも一人で両親をみるなんて、180度路線変更で気の毒に思えたのかもしれません。

 

当時の私は、都会の一人暮らし、1年の半分は海外で仕事をし、老後に必要と言われる金額の貯金もありました。この調子でいけば…と思い、起業もしていました。

 

起業に対する壁が低くなり始めた時期で、「1円起業」など本が出たりしていました。登記など、わかりやすく解説されていて、書かれているとおりに手続きを進めると、会社は出来てしまいました。小企業で秘書をしていた友人に、「印鑑はいいものがいいよ。」と言われ、こだわりの印鑑を作ったり、名刺や封筒のロゴを考え作るのは、結構楽しかった記憶があります。

 

インターネットは仕事で利用するようにはなっていましたが、現在ほど普及はしていませんでした。「東京での会議に参加するのは難しいから、インターネットでつないで音声だけでも聞かせてください」と言っても、検討するまでもなく、「そんなの無理」と軽くあしらわれていました。かけ放題という携帯電話のプランもなく、使用した分だけ料金もかかっていたので、会議をしている片隅で電話をかけっぱなしで聞かせてもらうということも難しい状況でした。

 

担当していた仕事はかろうじて継続させてもらえましたが、新規の仕事は少しずつ請け負わせてもらえなくなっていきました。仕事は目の前の人と一緒にやるもの、とまだ多くの人が考えていました。

 

しかし、よくも悪くも感染症のお陰で、社会が変わり、在宅勤務もネット会議も普通に行われるようになったため、要介護者を見守りながら在宅でパソコンを使って仕事をすることも、勉強会に参加することも、ここ数年で劇的に容易になってきました。

 

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自分を大切にした方がいいよ…

突然やってきたその日から、日常生活が一変した訳ですが、その頃は、目の前で起こっていることが信じられず、自分はどうすればよいのか、今後どうしていくのがよいのか、何をするべきなのか…、日々対処しなければいけないことが次々現れている一方で、どこか別世界に連れていかれたような、自分の時間だけが止められたような…、時空を超えた場所にいるような…、きっと混乱していたと思います。

両親も兄弟も、そして自分自身も、普段から風邪もひかなければ、病院に行かなければいけないような怪我をすることもなく、病院とは無縁でかかりつけの病院といった所もなく、「元気だけが取柄!」なんて、家族中で言っていたのに、なぜ突然こういう状況になったのか、先週、家に電話をしたときは元気に普通に話が出来ていたのに…。

現状を受け止め兼ねる気持ちと、こうなる前に何かできることはなかったのか、という気持ちが代わる代わる押し寄せ、ふと気持ちが緩むと涙が溢れといった時間を何日も過ごしました。

そういった中で、表面的には、とりあえず、現実を受け止め、在宅介護を始めた私に、人生の先輩方が、「自分を大切にした方がいいよ…。」と声をかけてくれることがありました。でも、自分を大切にするということがどういうことなのか、現実をどのように解釈すればよいのか、当時の私にはわかりませんでした。

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介護について考えることは、現在と未来について考えること

こんにちは。在宅介護をしています。思いがけず30代で始めることになった訳ですが、気づいたら来年で20年になります。

それまで、大都会でシングルライフを満喫し、仕事をしながら勉強し、時に海外出張などもしていました。実家のことは気になりつつも、まさか、自分が介護をすることになるとは、その頃は夢にも思っていませんでした。

突然やってきた目の前の現実は、それまでの生活を一変させました。が、少し視点を変え、「やったことがない介護、もしかしたら面白いかも?」と、介護者になることを立候補してしまいました。それには、誰も反論する人はおらず、介護者としての生活が始まりました。

 

もちろん、介護だけをしていた訳ではなく、日々いろいろなことがありました。時間が経過していえることは、「介護について考えるということは、自分や家族と真摯に向き合うこと」、そして「現在と未来について考え、行動すること」なのかな、と思います。

 

これから、思いがけず介護をすることになる人、されることになる人、高齢化社会について考えている人、自分や家族の健康について考えている人の参考にしていただけるかもと思い、これまでの経験や学んできたことなど、書くことが出来ればと思っています。

 

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ブログ始めました♪

在宅介護、気づけばもうすぐ20年。突然訪れた介護生活に翻弄されながらも、公的支援をフル活用し、空き時間を利用して資格を取得したり、仕事をしたり、いろいろなことに挑戦してきました。また、趣味や旅行を楽しむことで、心身のリフレッシュを図っています。

 

このブログでは、日々の在宅介護経験や効率的な副業経験、趣味や旅行に関する情報など、実践的な情報をお伝えします。介護をしながらも充実した生活を送りたい方に向けて、役立つヒントやサポートになるとうれしいです。

 

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